
「富士見シニア下宗岡グラウンド」落成の経緯
L.神山 佐市
*編集者より:寄稿された文章が多岐にわたりますのでPDFにて掲載させていただきます。
senior-ground001.pdf へのリンク
07・2・15 まちづくり研究会発足に当たり・私見 L.宮本 松司
まちづくり研究(T)
事業も着着と進みつつあり、全体像としては目に見えるようになりまし平成四年事業認可を受け、来年は十五年目を迎え様としております。たが、地域全体の要になる部分の進行が、まだ、はかばかしくありません。それ故、地権者は我々も含め、平面的な状況は一応把握しつつも、地域か゛将来どのように変貌を遂げるか、予測もつかず、想像も出来ません。
然し発足十五年をまじかに控え、地域の将来像を描くとともに、地域住民が期待と希望の持てる、新しいまちづくりをめざしましょう。
地域には歴史がある(U)
各々地域には永い歴史、文化、風土があり、其の事を代々受け継いで来て居ります、過去の地震、風水害、環境など、此れからも後世に伝える、努力が必要かと思います。
当地域は南に武蔵風土記の絵草子にも残る川越往還、亦は江戸街道、と言われた川越街道を控え、特に名志久保、下郷など、由緒ありそうな、地名、地域、を古老などによる聞き取り、亦は歴史書により理解を深め一般に周知する事により、新住民である我々にも、地域に対する一層の愛着が増すのではないでしょうか。
若い世代と気軽に交えるまち(V)
現代社会は、個人主義が常識になり、人様と拘わることが少なくなり、世代感覚の差か゛広がるばかりです、今の若い人達は、地域に溶け込む事を極力避ける傾向にある、地域のあらゆる行事にも、年配者が多く、若い人は目立つ程少ない、いつの世にも、若い人はエネルギーと行動力を持っている。
これ等の人達をより多く地域に吸収すると共に、手を携え進む方策はないだろうか。此れにより世代間の交流も深まり、より大きな力となって、地域の発展に寄与されるものと思います、亦地域の活性化は商店街の盛衰に比例する。常に地域と商店街は車の両輪、両者の連携は欠かせない。
和はまちづくりの第一歩(W)
人は生きていくのに、一人では生きられない、常に家族、友人、近隣、社会、と助け助けられ、生きております。ひとたび、事故や災害が起きれば隣近所の方々の手を借りたり、貸したり互いに助け合って生きていかねばなりません。「和をもって尊しとす」。和をもつことは、まちづくりの基本としなければならない、和が崩壊すれば、どのような立派な計画も総て無となる。夢の実現には、お互いの理解と、協力は欠かせない。
一定のルールを守って目的に進む事が肝要かと思います。
子供はまちの宝(X)
まちを愛する子供を育てよう、町を愛する心があれば、そこに住み続けることが出来るからです。最近、隣近所との付き合いを敬遠する人達が多くなりました。煩わしさやプライバシー、を気にしてか、近所の子供の顔さえ知らない大人も増えています。昔の子供は悪い事をすると近所のおじさん小母さんに叱られたものですが、今はうっかり声を掛けるのも憚る時代。そこで安心して、子供達と出会い親しむ場を造ることにより、親ごさんの理解も得られ、大人達は時に優しく、時に厳しく、将来我々の後継者として、育って生ける様な環境を整える事も、必要ではないでしょうか。
一軒一灯 運動(Y)
かつて日本は世界一安全な国と言われたが、今はその神話も崩れ、連日、犯罪、事件の連発、いつわが身に降りかかっても、おかしくないような、状態です、我が住む街は、地域の人達、つまり我々自身の手で守る。 今町内の隅々を夜回りしていますが、特に回り乍ら感じるのは住宅街の暗さ、殆どの家が、8時9時過ぎると軒灯を消し、一帯は真っ暗、不審者が潜んでも見付け難い、頼るわ所どころにぼんやり立つ防犯灯のみ、各家で軒灯を点け、街を明るくする事により犯罪の発生が防げれば、一晩の電気代には、替えられないと思います。
犯罪の起きない街にする為、一軒一灯運動を奨励、推進するのも、街づくりの一環ではないでしょうか。
将来の展望(Z)
地域の将来図は、平面図のみの理解で、何か物足りない、此処まで進んで来た以上、遠くない未来像として駅を中心とし、将来完成したら、こうなるであろうと、思われる鳥瞰図など描き、公開するのも如何でしょうか。
以 上
出会い
L.関野 兼太郎
28期の会長として大変お世話になりました。未熟な私を支えてくれていただいたメンバー各位に心より感謝申し上げます。
今期は会長テーマを「人に、地域に、自然に、心ふれあう奉仕の実践」として、活動の基本理念とさせていただきました。
私の好きな言葉の一つに「脚下を照顧せよ」という言葉があります。先日、読売巨人軍の原監督がインタビューに「上ばかり見ていたらつまずいてしまうよ」と、交流戦の優勝の可能性について聞かれ答えていました。まさに脚下を照顧せよという教えに基づく発言と思われ、意を強くしました。上ばかりを見ているのでなく一戦一戦大事に戦って勝利していく、そのことによっておのずと結果がついてくるということだと思います。ライオンズクラブも自身の足元をしっかり見据えた活動をきちんとしていく、そこからより多くの社会に認知された団体になっていく。そのことにとってライオンズメンバーや組織のアイデンティティが強まり、結果として活動への意欲が高まり、メンバーの拡大につながる。私はこんな理想を持ってテーマを決めさせていただきました。
一方、クラブテーマを「永劫回帰、原点からの飛翔」とさせていただきました。これは予定していなかったクラブテーマを求められ、急遽作成しました。ライオンズクラブの活動は未来永劫に続くんだろうなと考えながら辞書を見ていてたどり着いた言葉でした。「永劫回帰」とは広辞苑によると「同じものが永遠に繰り返してくること」という意味で、生の絶対的肯定を説くニーチェ哲学の根本をなす象徴的表現だそうです。ライオンズクラブも毎年同じことを繰り返していく。しかしそればかりでなく新たな取り組みに飛び立っていく、そんな思いを込めてクラブテーマにしました。
私は今年度ライオンズクラブ会長として活動を通じ多くの方々と出会いました。一方で人ばかりでなくクラブの活動に対する自分の考えを整理するうちに多くの言葉とも出会いました。ライオンズクラブは、活動を通じさまざまな出会いの機会があることを実感しました。
1年間私を支えて下さった、飛田和章好幹事、中澤勉会計、事務局の志村さんに心から感謝申し上げ結びといたします。
第90回国際大会に参加して
2006〜2007PR委員会委員長 L飛田和一雄
今回は、昨年度ボストン大会へ続き、旅行会社も同じと言う事もあり手続きが心配になる程簡単に済みました。
シカゴは時差がマイナス14時間有ります、出発は7月2日、集合10時ですので自宅を5時30分と早めに出て成田空港へ向いました。以外に道路事情が良く空港近くの駐車場へ8時頃着き駐車場の送迎バスで空港へ9時頃に到着。
少し時間の余裕が有るので自宅で申し込んであった海外使用携帯電話を受け取り空港内を散策しながら時間を待ち、10時頃JTB空港カウンターにて受付を済ませた。搭乗開始11時50分、12時30分に離陸。
シカゴオヘア空港に着陸したのは同日朝9時20分でした。上空から見たシカゴの第一印象は広大で道路が整備され、住宅街には緑が多く気持ちに余裕が生まれる様な気がしました。当日はチェックインが15時なのでシカゴ市内を散策しながらスーパーで買物をしたり公園のベンチで時間を待ちました。
チェックイン後シカゴ川よりミシガン湖へ出る観光船に乗り湖からシカゴの高層ビル群の景観を楽しみました。夕飯をホテル近くのレストランへ出かけて食べましたがとにかく量が多くて参りました。1人前を2人で食べて丁度良い位で今回の食事を参考にこれからはオーダーしようと思いました。
3日は投票所(マコーミックプレイス)で資格審査登録を行ない、終了後プロバスケットプレーヤーで有名なマイケルジョウダンの本拠地ユナイテッドセンターの会場で開会式に臨みました。その後ライオンズクラブ国際本部表敬訪問を致し、夜は地区ガバナー晩餐会に出席。4日はインターナショナルパレードに参加、前回迄はパレードの外から静観していたのですが参加し女性は浴衣に傘をかざし男性は帽子にベスト、日本人の長い参列に圧倒されました。終了後巨大ショッピングセンターで買い物、昼食後ホテルへ帰り自由行動。5日はオプショナルでシカゴ市内観光、シアーズタワー110階建てで103階の展望室から望むシカゴの景観は圧巻そのもの。
昼食はタイ料理・シカゴ美術館にて絵画観賞。6日は当初の目的マコーミックプレイスにて投票を済ませ、同会場でライオングッズその他買い物を済ませ移動。ユナイテッドセンターにて閉会式に参加。元海軍の基地であった遊園地ネイビーピアで昼食を摂りながら見学。その後ミレニアムパークを散策。最終日7日はバスで一路空港へ向いJL009便、14時20分離陸日本へ8日14時20分無事着陸。
全行程天候に恵まれシカゴの清々しい夏のひと時を満喫したシカゴ大会でした。
28期を振り返って
28期会計L.中澤 勉
一言で言うと、「とても充実した1年」だったと思います。100%全員出席達成目標例会に始まり、定例の行事はもとより、映画「かかしの旅」上映に向けて皆で協力したこと、330-C地区一斉美化運動で富士見有料入り口の中央分離帯の清掃活動でメンバーだけでなく、家族や友人にも協力いただきとてもいい汗をかいたこと。「かかしの旅」上映当日、どきどきしながら支度をしながら開演までの時間の長かったこと、観客が来はじめ一人一人を見ていたら感激してしまいました。動員数は少なかったけど、帰りにとても良かったと言って戴いたことや上映日までの準備の間も色々な人に声をかけたりお願いしたりと、とても人と触れ合うことの多い1年でとても気持ちのいい1年でした。
沢山の笑顔に触れ合えたすばらしい1年を共に活動できた事を会長・幹事をはじめ全メンバーと事務局に、
“1年間ありがとうございました”